業務の調査や検討でAIを使う場面が増えました。体感として、何かを調べるときにまったくAIを介さないケースのほうが少ないと思います。
一方で、提案や設計の説明を求められたときに「AIに聞いたらこう返ってきました」と返してしまう場面も見かけます。それは“やったこと”としては正直だし悪いことではないですが、そこで止まらないための意識をしたほうがいいかもしれません。
AIの答えは「素材」として、説明はあくまで自分主体にする
結論を書くと、AIの出力はそのまま根拠にはなりません。AIは情報を整理したり、観点を増やしたり、候補を出すのが得意です。だからこそ、出てきた内容を「どう解釈し、どう使うか」を決めるフィルターが必要で、そこが人間の仕事になります。
ここで大事なのは、AIの使用自体を隠すことではなく、説明する主体を自分に戻すことです。
たとえば「AIに聞いたらこう返ってきました」という説明から、「AIと壁打ちしながら検討したのですが、今回の条件を踏まえると仮説としてはこのようなことが考えられると思います」と言うだけでかなり印象は違います(言い方だけじゃなく本当に自分で考える必要があります)。
説明するものは結果的に同じだったとしても、「人が自分で自分の判断軸をもってやっている」ということの価値はどんどん上がっていくと思います。
「AIに聞いた」は事実でも、受け手が欲しいのは判断の筋道
説明を求められる場面で相手が知りたいのは、最終的に何を採用し、何を捨てたかの理由です。
たとえばUI改善案なら「ユーザーの迷い(認知負荷=理解のために必要な頭のリソース)を減らすために、選択肢をまとめた」といった筋道が必要で、そこで「AIがそう言ったから」は弱いです。
AIは断定口調でそれっぽい文章を返しますが、ハルシネーションも起こします。
また、普段やりとりしている人ならその人の言葉選びはなんとなくわかっているので、説明を聞けば意外と「この人は自分で考えていないな……」とバレてしまうことも多いような気がします。もちろんケースバイケースですが、AIを使ったと言わないでAIの言葉をそのまま使うよりも、AIを使ったと名言した上で「自分のフィルターを通したよ」とわかる伝え方をした方が印象がよいことすらあるかもしれません。
自分の言葉に直すのが怖いときは、学習のチャンスにする
私個人的にも、わからないことをAIに投げて壁打ちしながら思考を整理することは頻繁にあります。
ただ、AIは賢いので、返ってきた文章に自分が普段使わない言い回しや、やけに整った表現が混ざることがあります。
それを敢えて自分の言葉に直すと、逆に稚拙に見えてしまうのでは?と不安になることってありませんか?私はしょっちゅうあります。
ただ、この不安は自分の引き出しを増やすチャンスだと捉えるのがいいのでは?と考えるようになりました。AIから返ってきた内容で「これは普段の自分では使えない言葉だな」と思ったら、使えるようになるために意味を改めて調べてみたり、自分の文脈で言い換えてみることに敢えて時間を使ってよいことにしています。その分スピード感としては落ちますが、結果として説得力が出やすくなったり後から他のケースにも応用できるようになって、最終的な効率が上がればよいと思っています。
まとめ
AIに聞くこと自体は悪いことではなく、むしろ当たり前になっていっています。ただ、それをそのまま横流しするのではなく自分の判断に昇華できるかどうかで成果物の質が変わるのでは、と思います。
よく「AIに情報を食わせる」と言いますが、人間側もAIが出したものをどんどん食っていって、よりよいアウトプットができるといいですね。









